新型コロナウィルスが発見されたのが2019年の暮れごろ。
あれから数年がたち、まだまだ断絶はできていないものの、ワクチンや治療法などが確立しつつあり、一時期のパニック状態からは脱したように感じます。
それでも、感染症であることには変わらないため、充分に意識した生活を送るに越したことはありません。甘く見ずに、「罹らない・罹らせない・広めない」を意識した生活はしていきたいと思っています。
さて、今回は「コロナ禍」と呼ばれ始めたころに、身近で起きていたあれこれを書き綴ってみたいと思います。
県内初の感染者に対しての記者会見

新型コロナに感染した人が県内にいるということで、県が緊急記者会見をおこないました。当時、新型コロナ感染が確認されていた人が乗っていた豪華客船に居合わせていた乗船客だった方でした。簡易検査の結果、陰性(その後陽性)が確認されたため、帰宅の際に鉄道を利用して帰宅し、日常生活を送るために買い物に出かけていたり、人との接触は充分にあった方でもありました。
新型コロナウィルス感染者がまだ珍しかった当時は、みんなの関心は、
「いかに自分が感染しないようにするにはどうしたらよいか?」→「感染者の行動範囲を知りたい」
というものだったと思われるのですが、記者会見の内容は、
- 下船後、帰宅の際に使用した鉄道はどれですか?→本人の希望で教えられません。
- 患者さんの家族構成は?→本人の希望で教えられません。
- 患者さんの職業は?有職者か無職の方か?→絶対に教えられません。
- 帰宅後、外出はされたのですか?→近所に2度買い物に行かれたのですが、周りにうつしてはいけないと配慮されていたようで、ごく短時間での買い物をされていました。
- 患者さんが立ち寄った店舗の消毒を検討しているのか?→特に考えてはいない。
- 今回患者が出たことによって、市で追加対策することはあるのか?→特になし。
- 患者さんの症状→軽い咳、のどの違和感。
- 豪華客船から下船された方は自宅待機するように通達されているのか?→自宅待機するように厚生労働省から言われています。
結局、世間が一番心配している情報は「患者さんの意向で公表できない」とされてしまいました。確かに、患者さんの個人情報も大切ですし、患者さんが特定されてしまって大事になってしまうことも避けなければなりません。それはわかりますが…。
でも、せめて立ち寄った買い物先くらいは消毒する(当時は新型コロナ感染者が立ち寄ったとされる公共の場所は消毒作業をしていたため)という対策くらいは取ってもらえたほうが近隣の住民も「気を付けよう」と思い、各々が「罹らない・広めない」を意識できたのかなとも思います。
ひとりの個人を守ることもわかりますが、そのほかの市民の不安は解消されない…そんな記者会見だったので、かえってこの記者会見はおこなわなくても良かったのではないのだろうか?とも感じました。
未知のウイルスの影響で子どもたちの小学校は3月から休校

学校ごとで多少日にちの前後があるようですが、子どもの通う小学校では、3月3日から3月15日まで休校となりました。
この年、娘は6年生であり、18日には卒業式も控えており、卒業式間際での学校休業という異例な事態となってしまいました。しかも、当時の先生は「授業日数が足りない」とまでおっしゃっていました。(おそらく、授業日数は足りないまま卒業したと思われます)
卒業式の練習もたったの2,3回であり、式自体も来賓のあいさつ等は簡素化したものとなりましたが、一番尺取りな卒業証書授与はひとりひとりおこなってもらえました。
その後、5月の中頃まで休校が続く形となり、娘の中学校入学式も休校期間に行われ、娘はクラスメイトの顔も覚えきれないまま中学校生活を自宅で1か月以上を過ごすことになったのです。
突然の休校での救済措置
普段児童クラブを利用している子や、短時間のお勤めをしている家庭の子など、「家庭で留守番をする事が難しい子」に関しては、学校側で預かってくれました。
時間は8時半から14時。児童クラブの子はその後、クラブに移動する形で18時まで。これは本当に助かります。
娘の習い事にも影響

この当時、ピアノを習っていた娘。基本先生と1:1でのレッスンなのですが、大手のピアノ教室という事もあり、公立小中学校のお休みに合わせて、レッスンはお休みになってしまいました。
新型コロナウィルスにまつわる警戒宣言中 保育園での対応
私の職場は保育園なので、休園となってしまったら、収入に影響するので、どのような対応になるのか心配していました。
結果的には、1日たりとも急な休みとはならずに、通常と何も変わらずに働くことができましたので、「コロナ禍だったから収入が減った」ということもありませんでした。
ですので保育園に関しては、通常開園です。ですが、コロナウイルス関係者と接触のあった園児は自宅待機になりました。その他では、
- 自宅に仕事がお休み等で保護者がいる世帯では、自宅で子どもを見てもらうようにする。
- 姉弟に小学生以上の子がいる場合も同様に、保護者が合わせてお休みを取る家庭は自宅で子どもを見てもらう。
- 必要最低限の預かりで協力してもらう(仕事が終わったら、まっすぐ迎えに来てもらうなど)
と決まりました。
預かる側の保育士も人間ですので、園内での感染は避けきれません。保育士が何人か同時に感染してしまった場合、最悪休園になってしまうので、各家庭の事情はそれぞれですが、保育園に協力していただく形をとりました。
衛生用品が軒並み品切れ

この頃は「マスク」「アルコール」に始まり、「ティッシュペーパー」や「トイレットペーパー」「キッチンペーパー」「生理用品」までもが店頭から姿を消しつつありました。
キッチンペーパーは、マスクの代用品として注目されていることからであると思われますが、トイレットペーパーなどは『デマが拡散されている』とも言われていました。国内の製紙会社によると、『製造メーカー内で在庫がないという事は一切ありません』とのことでしたので、多分一時的な品薄であると思われます。うわさやデマに振り回されないように、確かな情報を把握したいと思った出来事でした。
スーパーや小売店がなぜか混んでいる
いつものように仕事の帰りに買い物に行くと、スーパーが普段にない混み方をしているのです。いつもは余裕で止めることのできる広い駐車スペースは、空いているところを探すくらいに埋まっており、アイスが溶てしまうくらいの時間をレジで並ばされ…。はっきり言って、ちゃんとした人混みでした。
人込みは避けて、ソーシャルディスタンス、不要不急な外出は避けて…と世間では言われていた時期ですが、むしろ必要以上に外出をしているのではないか?と思うくらい、周りの人の落ち着きがなかったように感じたのは、私だけではないと思います。
普段通りの生活をしたほうが良いのでは?と思いつつ、私は買い物回数はなるべく減らすように1回量を多めに購入することを意識していました。
混乱はかえって人混みを作るものなんだな…と感じました。
病院受診も気軽にはできない

新型コロナウィルスで騒がれ始めて1年が経過したころ、私自身も感染することになったのです。しかし、そのころになると、
- 発熱での受診はまずは保健所に相談
- その後医療機関へ電話
- 医療機関の指示に従って受診
という流れになっていて、39度を超える発熱状態であるにもかかわらず、各方面に電話をするという事態になりました。
病院への受診も夕方に指定され、自動車の中で待機、車内での診察、車内での会計、というかなり特殊な対応であったと記憶しています。
さいごに
新型コロナウイルスは、きちんと予防することでそれほど恐れるものでもなくなりました。感染はしやすいウイルスですが、インフルエンザと同様な対応でよい病気となりました。
コロナ禍を経て、未知なる感染症もそうですが、災害や予測のつかないことが起こると、人はパニックを起こし、普段起こさないような行動を起こしたり、一部の心無い人からのデマに踊らされたりする生き物であることの再認識にもつながりました。
近年で言うならば、米騒動もそうですね。
我が家では、「買占め」や「必要以上の買い置き」をする財力まではないので、なるようになるだろうと、普段通りの生活をしていましたが、お米の時は仕事後(夕方)の買い物しかできなかったので、「買う米すらない」という状態が続き、備蓄米も入手できたのは周りが「高くてもやっぱり新米が良いわ」と言って備蓄米が見向きされにくくなった頃だったのです。
それでも、当時売れ残っていたもち米や押し麦でかさ増しして何とか米を絶やさずに生活はできていました。
トイレットペーパーもしかり、特にストックを買うことなく普通に生活できました(笑)
なので、過剰な反応も心配もしないで、ピンチの時ほど冷静に行動することも大事だと思います。
2023年高校入試直前に家族がコロナ陽性 娘の私立高校入試はどうなったのか?
【令和3年度中学校吹奏楽部】コロナ禍での吹奏楽コンクールと娘の夏

コメント