モラハラ元夫と離婚してひとり親家庭になったらこそ「極貧生活」から「普通に近づいた生活」になった

ひとり親家庭

現在私は「ひとり親家庭」家庭を切り盛りしています。収入面では、私一人の稼ぎとなりますので、決して余裕のある生活とは言えません。

そんな私でもかつて、婚姻生活をしていた時代もあります。しかしながら、「あの頃」は今と比べてももっと貧相な生活をしていました。

今回は、かつて極貧生活を送っていた我が家がどのくらいまで生活水準を「普通」に近づけることができたのかを書いていきたいと思いまます。

はじめに

私は今から約8年ほど前に元夫のもとからに逃げるように家を出て、物理的な距離を置きながら離婚調停・裁判を経て「元夫との離婚」が成立しました。

人生で初めて裁判所にお世話になった話【モラハラ夫との離婚調停と離婚裁判】
モラハラ元夫に「離婚するぞ」と言われ続けたけれど 結局離婚することは大変だった現実

元夫との離婚の主な理由は、

  • 日ごろから執拗におこなわれていた「DV・モラハラ
  • 職場での元夫の解雇から始まった「長すぎる無職期間
  • 無職であるにもかかわらず「主夫業すらすることなく、家事育児に非協力的な態度

などです。

モラハラ元夫は勝手に仕事を辞めるが職探しは難航する
モラハラ加害者は 自分を守り・保つために 息を吐くように「嘘」をつきます

 

夫婦としてお互いに協力し合って1つの家庭を築いていくことができないと判断したのです。

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離婚後の収入の変化

まずひとり親家庭になると、母子扶養手当の受給が可能となります。年収や仕事の有無、同居者(異性や親兄弟など)の有無などによって金額や受給要件の違いがある手当ではありますが、わが家では問題なく受給させてもらうことができました。

そして児童手当です。児童手当そのものは婚姻時代から受給してはいました。しかし、婚姻時代は元夫の口座に入金されていたため、この手当は実質「元夫のお小遣い(臨時収入)」となっていました。元夫の口座に入ったお金は自動的に元夫のものとなってしまっていたため、私たちの手元に届くことは1度もありませんでしたし、もちろん貯金もされていませんでした。

ですが、別居してからは私の手元に児童手当が届くようになりました。

もちろん私自身もフルタイムで仕事をしているのですが、婚姻時代に勤めていた職場は離婚に向けて引っ越しと共に離職してしまったので、転職という形で新たに働き口を探しました

今年で8年目となる今現在の職場では、安定した仕事が任されるようになり、肩書はパートであるものの正社員とほとんど変わらない働き方ができています。(月給か時給かの違いとボーナス額の違いくらいです💦)

ということで、一人で生活費を工面しないといけない条件ではありますが、各手当に助けられていることもあり、婚姻時代末期と比べると世帯収入は多少上がりました。

また、元夫と離婚したことで「大人一人分の生活費」がかからなくなったこともあり、支出額が減ったことで、裕福ではないにしてもかなり暮らしが楽になったと感じました。

住居の変化

もちろん、私と子どもたちが引っ越しをしたので住居も変わりました。

私たちは婚姻時代の住居から、計3回の引っ越しをしました。

別居からの3回の引っ越し

1度目は元夫のもとから逃げ出した時に「母子生活支援施設」で一時的にお世話になりました。母子生活支援は児童福祉施設ではあるものの、通常の賃貸物件と同じようなつくりとなっているため、入居後に自力で生活することになりました。(ただし職員がいるため、困った時の相談や手助けはしてもらえます。)

家賃はかからないものの、水・光熱費等は自分持ちであるため、経済的にもひとり親家庭としてのスタートを切った場所となりました

2度目は、母子生活支援施設退所のための引っ越しです。

離婚が成立し、退去期限が近付いてきたため、自分で賃貸契約を行いました。

築45年ほどの団地でしたが、大人1人と小学生1人、2歳児1人で暮らすには充分な広さでした。

3回目は、現在暮らしている県営住宅への引っ越しです。

古い団地での生活も悪くはなかったのですが、子どもたちが大きくなるにつれて学用品など物が多くなり、古い団地の広さでは手狭になってしまいました。(団地の1畳ってかなり小さいんですよ。)

「今すぐではないにしても、近いうちにもう少し広いところに引っ越せると良いな。」

と思いつつ応募した県営住宅に初回で仮当選、そのまま手続きをして入居に至りました。

婚姻時代の住居とひとり親となった現在の住居の比較

婚姻時代に暮らしていたのは、築50年くらいの賃貸物件でした。

複合駅の近くで交通の便は申し分なかったのですが、とにかく古い💦

駐車場も無ければ自転車置き場すらない。ベランダもないし、トイレは和式。洗濯機も通路に置く…と言えば相当レトロ具合が伝わると思います(笑)

間取りも2DKであったため、「絶対狭い」ことはおわかりいただけると思います。

ですが婚姻時代、この場所から引っ越しをすることは出来ませんでした。

…お金がなかったからです。

あれから8年、私たちは3LDKの新しい県営住宅で暮らしています。

正直、「広すぎたかな?」とも思ったのですが、これからもっと大きくなる子どもたちと共に暮らすにはこのくらいの余裕があった方が良いのかなと思いました。

駐車場も自転車置き場もベランダもあります(笑)

県営住宅ですので、それまでの団地より家賃も安くなりました。

入居者の皆さんも良い人ばかりですので安心して暮らしています。

ただ、主要駅からはバスで20分以上…と少し交通の便は良くありません。ただ、その問題は自動車購入という形で解決しました。

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婚姻時代の自動車と離婚後の自動車

婚姻時代には私名義の自動車を所有していたころもありました。元夫は過去に金融事故を起こしていたため、ローンを組むことができませんし、携帯電話の契約すらできません。ですので必然的に自動車は私名義でローンを組んでの購入でした。

元々独身時代から使用していた自動車がありましたので、故障するまではそちらに乗っていたのですが、買い替え時に元夫ともめたことがありました。

「俺は軽自動車なんて乗りたくないから普通車を買おう!!」

ローンの名義人にもなれない元夫は偉そうに言いました。

私は維持費の安い中古の軽自動車で充分という考えでしたので、元夫に訴えました。ローンの名義も私でしたし、実際の支払いも私でしたので…。

元夫は言い出したら人の話を聞かない人です。常に「自分が正しい、お前は黙ってろ。」スタイルでしたが、この時は珍しく軽自動車案は受け入れてくれました。

しかし、新車購入はこだわり続けました…。

結局この時は、分不相応な新車の軽自動車の購入をすることになりましたが、この3年後、元夫の自堕落な生活が元となって自動車を手放さざるを得なくなりました。

離婚後4年後に念願のマイカー購入

婚姻生活途中から自動車に乗らない生活をすることになり、そのまま別居。ひとり親として生活する中で自動車購入はすぐには無理でした。

ローンを組むにしても頭金分くらいは貯金をしなければならないし、それに何よりも「今」の生活で精一杯でした。

別居・離婚してから約4年間は自転車のみの生活をしました。

子ども(特に下の息子)が小さかったこともあって、自転車での移動はそれほど大変ではありませんでしたし、交通機関を使うより時間を有効に使うことができました。もちろん保育園の送り迎えや通勤も、天候関係なく自転車で行いました。

季節の移り変わりを肌で感じることのできる、自転車生活も悪くはありませんでしたが、子どももいつまでも小さくありません。

  • 子どもが2人乗りができない年齢になったこと
  • 自分を含む家族が病気の時の通院時に困ること(実際コロナに感染した時は自動車があって良かったと思いました。)
  • 自身の年齢が上がったことから体力的に自動車の力が必要になったこと
  • 部活動の送り迎えで必要になったこと

などの理由から、中古軽自動車の購入をしました。

当時、運転のブランクが8年ほどありましたが、若い時に毎日運転していたこともあって割とすぐに勘が戻りました。

中古の軽自動車を購入してからさらに4年。

今現在は中古ではありますがコンパクトカーを購入し、ひとり親の自動車生活は5年目になりました。

必要なものの購入

婚姻時代は、「お金がなかった」ことに加え、物を購入するときには基本的に「元夫の許可」が必要でした。

婚姻時代は必要なものも買わせてもらえなかった

子どもが小さいときは、洋服がサイズアウトをしてしまうことなんてしょっちゅうです。しかし、子ども服を買うにも元夫の承認が必要なのです。しかし元夫は、

「すぐ『あれがないこれがない』と言って金を持っていくけど、そんなにポンポン金が沸いてくるわけじゃないんだぞ。」

と言って、子ども服を購入することさえも『許可しない』こともありました。

子どもにはかわいそうでしたが、衣服の破れはその都度直し、背が伸びてズボンが短くなってもしばらくそのまま履いてもらっていました。(物を大事にするといった点ではかなり模範的な生活でした…)

娘の小学校入学に向けて学用品の準備も不安があり、私の職場で子育てがひと段落した先輩から少しづつお下がりをもらったりして地道に準備をしました。(その後小学校へ入学する前に私と子どもたちは家を出てしまいましたが…)

生活に必要なものも子どもたちが欲しがるものも買ってあげることができるようになった

ひとり親となった今では私の収入と各手当での生活となりましたが、子どもに必要な物の購入はもちろん、クリスマスプレゼントや誕生日プレゼントには、ある程度のリクエストに応えてあげられるようになりました。

もちろん、何でも買ってあげられるわけではありませんが、

  • 学校で必要なもの
  • 成長によって必要になるもの(服や自転車など)
  • 子どもたちの食べ物に関するリクエスト

などはなるべく優先して購入するようにはしています。

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「食」事情

婚姻時代は私一人の稼ぎのみで生活していたため、「超貧困世帯」でした。

婚姻時代は米も買えない状況だった

先にも書きましたが、駅前という立地で生活していた婚姻時代。自動車を手放してからは郊外の大型スーパーまで食料品の買い出しに行くことができなくなってしまいました。

駅前にも食料品を売っている店はありましたが、「物価がかなり高かった」です。

低所得なのに物価が高い地域で生活していたため、購入できる食材はかなり限られたものになっていました。大衆野菜(玉ねぎ・人参・じゃがいも)と鶏肉・豚肉、ウインナーなどで工夫して食事を作ることも珍しくありませんでした。

米を買うにも金銭的に頭を悩ませ、私自身の食事は白米ではなく、雑炊やおかゆにすることもたびたびありました。

どうしても米が買えないときは、小麦粉を多く購入し、お好み焼きやパン、時にはうどんまで作って主食にしたこともありました。

野菜などの食品はもちろん、米を絶やすことが怖くなる

そんな婚姻時代を送っていたため、「米を絶やすことが怖くなった」のです。ひとり親となった今では、米がなくなる前に必ず買い足し、絶対米を絶やさないようにしています。米さえあればなんとかなりますからね。

野菜類もイオン系の大型スーパーが近くにあるので、必要な時にはいつでも行くことができますし、何と言っても『安い』です。様々な食材も置いてありますので、自然と料理のバリエーションも多くなりました。

子どもたちに『お風呂上がりのデザート』を買う余裕もできました。(3個パックのゼリーやプリンが主ですけどね💦)

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家事育児に余裕が生まれた

大人が一人いるのといないのでは家事の労力が大きく変わります。もちろん、パートナーが協力してくれる場合は、「2馬力」になりますのでこの限りではありませんが、わが家の場合元夫は、「非協力的&口出しはする」というパターンでしたので婚姻時代は家事にも育児にも余裕がありませんでした。

特に子育てに関しては元夫は「口うるさい」ので、私は常に子どもとのかかわりには神経をとがらせていました。(でも元夫は子どもとのかかわりは積極的ではありません。)

元夫の私に対する家事・育児の求めるものの一例をあげるのであれば、

  • 子どもとの会話は必ず顔を見てする(食事の支度をしているとかお構いなし)
  • 子どもの体調が少しでもおかしい時はすぐに病院(「様子を見る」のは許されない)
  • 乳児は泣いてもわめいても「子ども用ベッド」で寝かせる(添い寝不可)
  • おむつの消臭剤は使用不可(元夫の思い込みですが、香り成分が子どもに悪影響があるらしい)
  • 子ども第一だが、最優先は「俺」(←なぜ?)
  • 食事のおかずは5品以上(3品だと「少ない」と文句を言う)
  • 買い物は極力行かない(お金がかかるから行かせない)

とまあ、一見「子どもに対しては良い父」と思われる考えではありますが、これはすべて私のみに求めるものであり、元夫はほとんどおこなったことがないものなのです。

少しでも元夫の言うことみ逆らうことを行うと「お叱り」を受けます。(元夫は自分で家事育児をしませんが、口出しだけはしっかりします。)

私は子どもたちのことを「かわいくない」と思ったことはありませんでしたが、そんな状況でしたので、「家事・育児がストレスに感じる」ことはありました。

別居後はそんなストレスから完全に解放され、心に余裕が生まれました。

  • 疲れ切っていて食事を作りたくないときは外食したり、お惣菜を買ってきたりしても誰にも文句を言われない
  • 掃除も自分がやりたい時にやれば良い
  • 時には自分一人で好きなことをして過ごす時間もあって良い
  • 子どもたちはおかず3品で充分喜んでくれる
  • 冷蔵庫の中身と相談して買い物に行くことができる!

ごくごく普通のことかもしれませんが、この「普通の生活」は離婚前にはありませんでした。

私自身の心に余裕ができたことによって、子どもたちに好きなこと(娘はサックス、息子はゲーム)をさせてあげる余裕も生まれ、結果的には生活そのものも潤ったのではないかと思います。

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さいごに

わが家は高所得ではありませんが、「大人一人扶養する義務がなくなり、私自身の収入も上がったこと」で結果的にわが家の生活水準は婚姻時代より上がったのではないかなと思っています。

夫婦となり一つ屋根の下で一緒に暮らすということは、お互いに支えあい、協力をして生活をするということです。どちらか一人が完全に「人任せ」な状態では婚姻生活は成り立ちません。

わが家でも、元夫が無職であってもせめて「主夫として家事育児」を行ってくれていたら私は離婚まで考えなかったかもしれません。

でも、元夫は私におんぶに抱っこ状態でした。だから離婚に踏み切りました。

そして結果的に「離婚をして良かったな」と思うことができました。

私も子どもたちもあのころと比べると、「生活に困っていない」のですから…。

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