モラハラ元夫との生活は大変だったけれどワンオペ育児を通して「ひとり親」として生活していく能力はぐっと高まった

ひとり親家庭

モラハラは許されるべきことではありません。モラハラ加害者との婚姻関係はかなりの確率で破綻します。我が家も例外なく離婚しました。でも、今思い返すとモラハラ元夫は私にいくつかの能力を授けてくれたと感じるのです。

はじめに「元夫はこんな人でした」

私が元夫と出会ったのは約20年ほど前となります。職場で知り合って付き合いが始まり、約5年後に入籍&長女出産、さらに長男出産。その間、様々なモラハラエピソードに悩まされながら生活するも、子ども2人を抱えて離婚という流れになりました。

元夫のモラハラエピソードは数えきれないくらいありますが、

  • 店員さんに横柄な態度(高確率で怒鳴る)
  • バスの運転手さんにも横柄な態度
  • 職場内でも横柄(同僚にも「パワハラだ」と指摘されています)
  • 家庭内では暴力・暴言は日常茶飯事
  • アルコール依存
  • 結婚後1年で仕事を辞めて事実上のヒモ状態(就職活動も形だけ)
  • お金に執着する(自分のために散財)
  • 人を見下す発言が多い
  • 自分がいかにすごいかを自慢する
  • 仮病を使う(36.8℃で「発熱した」と寝込む)

などなど…挙げたらきりがないのですが、性格上にも難があることに加え、子どもを養っていくうえで必要な生活費にまで手を出してしまうところや、そもそも「稼ぎが0」ということも相まって私は「一緒にはいられない」と判断したのです。

元夫に感謝すること

一緒に生活することに辛さを感じ離婚することになりましたが、それでも元夫に感謝することもあるのです。

かわいい子どもを2人授けてくれた

まず大前提として、結婚生活中に子どもを授けてくれたことには感謝しています。しかもわが家の子は男女ですので、男の子育児女の子育児の両方を楽しむことができています。

洋服や文具などのお下がりがしにくいデメリットもありますが、女の子は話し相手としてちょうど良いですし、男の子は成長するにつれ頼もしくなるので、いざというときに頼りになりそう楽しみです。

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「ワンオペ育児に抵抗なし」という強靭なメンタルを授けてくれた

元夫は、長女を妊娠しているときから「育児は俺を当てにするな、育児は母親の仕事だから。」としつこいほど私に言っていました。

最初の頃こそは、夫を頼りにすることができない心細さもありましたが、自分の子どもがそれを上回るほどかわいかったので、元夫が育児に参加しなくても何ら問題ありませんでした。

俺を当てにするなと言っていた元夫はというと、娘が生まれたということもあってそれなりにはかわいかったのでしょう。自分の気が向いたときに限ってではありましたが、おむつ替えや入浴、公園へのお出かけなど「元夫がやりたいこと」は割と率先してやってくれていました。

元々、元夫の育児への参加は当てにしてはいませんでいたので、気が向いたときにでも手伝ってくれることに関しては素直にありがたかったです。

しかしながら、育児の9割以上は私が一人でおこなっていたため、ほんのちょびっと気が向いたときに手伝う程度の元夫の存在は、夫としても父親としても「ほぼないもの」でした。

それどころか実のところ、子ども以上に元夫自身にも手がかかっていました。

  • 元夫の愚痴を聞かなければならない
  • 脱ぎっぱなしの洗濯物を回収しなければいけない
  • 「しょうゆ」「お茶」など要求されたものを都度お届けしなければならない
  • 無職の元夫に代わって仕事をして稼いでこなければならない
  • 食事の品数は5品以上でなければならない
  • 家事はすべて私

まだまだ書き残していることもありますが、おおむね「面倒くさい成人男性」であることはおわかりいただけるでしょうか…。

婚姻生活中、子どもだけではなく、いい年下大の大人のお世話までしていたため、「子ども2人なら楽勝」という気持ちが強くなりました。(子どもはだんだんと大きくなりますからね)

そして離婚後、その読みは大当たりで子ども2人の育児は、婚姻生活時よりもはるかに楽なものとなりました。大人一人いないだけでこうも違うのかというくらいに。

ひとりで仕事に家事育児をこなす能力を授けてくれた

私の場合は、元夫が育児に協力的ではなかっただけではなく、「生活費の捻出(収入)」「家事」「育児」全てにおいて非協力的だったことが逆に私のためにはよかったと感じています。

育児に関しては先に書いた通りですが、仕事は婚姻生活途中からは完全無職であり、かと言って家事をおこなうこともありませんでした。じゃあ、テレビやネットを見ていたり、家事育児に関してのダメ出し(口出し)だけをしている状態です。

短く言うと、「画像を見ているか、私に精神的苦痛を与えているか」のどちらかです。

婚姻当時から、「ひとり親家庭同等の働き+精神的苦痛」を経験していた私にとっては、離婚後の今の生活は「精神的苦痛」が無い分かなり気楽になりました。

これも、元夫が離婚しても私が困らないように仕向けてくれていたこと(皮肉)だと思って感謝したいと思います。

職業訓練してくれたこと

元夫は「食事」に関して少しうるさかったです。しかし、「子どもに栄養のあるもの」「野菜をたくさん使って」とかいうものではなく、

「化学調味料を使うな」

というものでした。

例えば、

  • カレー・シチュールウはダメ(ソースは自分で作れ)
  • 洋風だしや和風だしも野菜くずやかつお節から取ること
  • 鶏だしや魚だしも鶏ガラや魚の骨から出汁をとること
  • ラーメンも粉末スープはダメ
  • 麻婆豆腐の素などもダメ

などの制約がありました。(一般家庭です)

これらは、仕事に家事育児と日々の生活に追われている私に対しての要求です。

婚姻時代は、あまりの忙しさに発狂しそうになりながらも元夫の要求通り食事の支度をしていました。今思うと、元夫のおかげで食に関する様々な基礎知識を備えることができました。そしてそれを持って転職し、今現在ひとり親家庭を支える大黒柱として「食の仕事」に就いているので、婚姻生活の職に関する要求は、元夫から受けた職業訓練(皮肉)であったと感じています。

また、元夫は食事の品数にうるさく、最低でも5品くらいは準備しておかないと「これだけ?」と嫌味を言ってきましたので、「限りある食材で品数を多く準備すること」も常に考えさせられていました。そのためか、食材のアレンジ法を考える能力も身につき、これも今の職場で役立てることができています。

極限に近い底辺生活を知ることができたおかげで離婚に踏み切れた

低所得者と言われている方も驚くような生活をしていた時期もありました。

「月収10万弱+児童手当」で家族4人、安いとはいえ賃貸での生活をしていたのです。水光熱費は滞納状態、家賃も半年滞納、保険料ももちろん払えず、医療機関に通うこともできない極貧生活でした。

その上、アルコールに(おそらく)依存していた元夫によって生活費は勝手に持ち出され、日々の食事にさえ困るような状態にまでなっていました。(それでも5品ルールはあり)カードローンにも頼るようになり、私の中では「このままではやばい」という危機感は常にありました。

特に役に立つ資格も持たない私が、働きに出たことでお給料の高い職に就くことは難しいのですが、「支出を抑えること」は可能ではないかと考えるようになりました。

「元夫をリストラ」

リストラというとなんだか私の方が悪者みたいになりますが、元夫と離婚を決めたのは私なのである意味「夫(父親)をリストラ」と言っても間違いでもないかもしれません。実際に、仕事・家事育児何もしない元夫に維持費(生活費)を支払うメリットもありませんからね。

実際に離婚して、私自身は転職もしましたので手取りも少し上がりました。ひとり親となったため、母子にまつわる様々な支援もしてもらうことができました。そのためもあって、世帯収入は婚姻時よりもだいぶ上がりました。

反対に、維持費の高い成人男性を養う必要がなくなったことで、不必要な支出はかなり下がり、家計の管理もかなりしやすくなりました。

もちろん今は、家賃を始めとして水光熱費も学費も滞納しているものはなく、微々たるものではありますが貯金もできています。

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さいごに

モラハラ元夫との生活は本当につらかったです。私は意見すら言わせてもらえなかったので、モラハラ元夫の言いなりでいるしかありませんでいた。

(モラハラ加害者は意見を言われると激高するため、モラハラ加害者との会話は常に「イエスマン」を演じていないといけません。)

日々首をかしげることばかりではありましたが、それでも私の場合は「仕事に行かせてもらえていた」こともあり、元夫以外の大人と触れる機会があったので、自分のことを見失うことなく、子ども2人連れての離婚を成立させることができたように感じます。

また、元夫は無自覚のうちに私に「プレひとり親家庭」を体験させてくれていました。その体験もあって、

「あれ?これは私一人でも子ども2人を育てながら生活できるんじゃない?」

と思うこともできました。

モラ元夫にとっては皮肉な結果となったと思います。でも、私はそんなモラ元夫に生活力を授けてくれたことを感謝しつつ、今後もひとり親として奮闘していきたいと思っています。

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